嫁はんにたたき起こされましたんや。
「雪、雪ー、ふぇーく{早く}、うぃーり{起きなさい}、うぃーりっちよ{起き
なさいてば}」と喜界島弁で、パトカーのサイレンみたいな嫁はんの声に起こ
された。朝7時半だ。私達夫婦はアメリカに住んで30年、まだアメリカでも喜
界島弁で生活しているフリムン夫婦でんね。
ここ、モントレーの山の中のブラッドレ−は、南のロサンゼルスへ車で4時
間、北のサンフランシスコへ3時間のところにある。海抜千フィート{約300メ
ートル}の村だ。「山の砂漠」とこの辺の住民は言う。夏は摂氏45度以上にな
る日が何日もある。面白いことに、日陰は寒いぐらい涼しくて、日陰での昼寝
には毛布がいるくらいだ。乾燥していて、外にパンを出すと1分以内でバラバ
ラになる。
こんな「山の砂漠」で、5、6年ぶりに雪が降ったのです。懐かしくなりまし
た。昔の恋人に会った気分になりました。嫁はんのサイレンにせき立てられて、
撮影修業中のカメラを持って、ズボンのチャックを閉めるのもそこそこに玄関
のドアを開けました。靴を履く暇なんかあるかいな。サンダルで庭に飛び出し
ました。一面の真っ白い雪の世界、ひんやりした空気。昨夜の悩みも、日頃の
悩みも雪に吸い込まれた。雪は人間の悩みを吸い取る働きをすると始めてわか
りました。
まれにみる美しい、見渡す限りの真っ白の銀世界、デジカメで写真を撮りま
くった。そして、自分の取りたいポイントを決めてアップで大きく撮る。これ
が大事なようだ。うまく撮れているような気分になってきた。そしたら、すぐ
に友達に見せたがるのがワイのくせや。これは調子に乗りやすい人間の行動か
もしれん。褒めてくれそうな人にすぐに送った。
翌朝のことだ。雪はさらに積もっている。2インチぐらいはある。今度は家
の中に咲いている赤い花の鉢を雪の中に置いて撮ってみた。真っ白い雪の中に
真っ赤な花が咲いた。でも、白い雪と赤い花だけでは単純すぎるようだ。白い
雪の庭に大きなサンダルの足跡をつけた。白い雪の中の二つの足跡の横に赤い
花を置いて撮った。やはり違う、生き生きしてきた。これで写真コンクールに
出せる写真やと満足した。これを自画自賛というのだろうが。
雪景色の外から家の中に入ると急に腹が減った。ところが、大変だ。水が出
なくなっている。料理が出来ない。便所も流せない。ストーブも使えない。昨
夜、夜半から停電やったんや。うちは水は電気で井戸のモーターを廻して汲み
上げる。暖房は電気ストーブ。料理も電気。電気が止まればお手上げや。携帯
用のガスコンロを持ち出した。水もないのにどうすると思いまっしゃろう。雪
や、雪や。雪で湯を沸かしてカップラーメンを食べるんや。庭の雪は汚いだろ
うから竹にたまった雪を小さな鍋に集めた。沸いた白湯の湯気は雪の香りがし
た。ふうふう吹きながらすすったカップラーメンは雪の味がした。
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